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長崎地方裁判所 昭和31年(行)10号 判決 1957年12月06日

原告 藤原孝夫

被告 長崎税務署長 西坂金八

右指定代理人 川本権祐

<外二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が昭和三十一年二月十三日付でなした原告の昭和二十九年度分の所得税に対する更正処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告は、昭和三十年三月十四日、被告に対し、昭和二十九年度分の所得税について、総所得額金四十八万六千九百一円、控除額金二十六万二千六百十円、その内訳雑損失金六万七千七百十円、その余の控除額金十二万七千四百円、基礎控除額金六万七千五百円、課税額金二十二万四千二百円、税額金五万七千九百円、源泉徴収額六万四千二百五十円、差引過納金六千三百五十円となる旨の確定申告をなしたところ、被告は、右雑損失金六万七千七百十円を、雑損失金控除額から除外して、課税額を決定し、税額を金八万千円と認定のうえ、更に過少申告加算税金千百五十円を加算して昭和三十一年二月十三日附をもつて、原告の昭和二十九年度分の所得税額の更正処分をなし、その旨を原告に通知した。右更正処分のなされた結果原告の右年度の税額は原告の申告税額より金二万四千二百五十円増額された結果となつた。これは、課税額から当然控除されるべき前記雑損失金六万七千七百十円を、雑損失金控除額から除外して右更正処分をなした結果によるものであるから、右更正処分は法に違反してなされた違法の処分である。何となれば、右金六万七千七百十円は、原告がその実弟である訴外藤原靖吾のため、同人が、訴外西九州酒類販売株式会社に入社する際、同会社となした身元保証契約に基き、右訴外藤原靖吾が、右訴外会社に対して蒙らしめた損害の賠償として支払つた金十一万六千四百円から、総所得額の十分の一を控除したものであるから、当然所得税法第十一条の三に謂うところの損失金に該当し、従つて、右金額は、右法条によつて、当然課税額から控除さるべきものであるのに拘らず、被告は、その控除をしないで、前記更正処分をなしたのであるから、その処分は法に違反しているからである。従つて、原告は、右処分を違法の処分として、その取消を求めることができるものである。よつて原告は、被告に対し、右更正処分について再調査の請求をなし、その取消を求めたが、被告は右更正処分を正当として、原告の請求を容れなかつたので、原告は、更に、その上級官庁たる福岡国税局長に対し、審査の請求をなし、その取消を求めたが、同局長は、昭和三十一年十月一日附をもつて、原処分を正当として、原告の請求を棄却し、その旨を原告に通知した。よつて、原告は原処分庁たる被告を相手方として、右更正処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだのであると述べ、立証として甲第一号証を提出し、証人松山敏秀の証言を援用した。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告が昭和二十九年度分の所得税について、その主張の日に、その主張の確定申告をなしたこと、原告が昭和三十一年二月十三日附をもつて原告主張の更正処分をなしたこと及び原告が右処分に対しその主張の再調査の請求、並びに審査の請求をなし、右請求はいずれも棄却せられたことは、これを認めるが、原告が、訴外藤原靖吾のため、訴外西九州酒類販売株式会社と身元保証契約をなしたこと及びその主張の理由によつて、その主張の支出をなしたことは不知、その余の点はこれを争う。仮りに、原告がその主張の支出をなしたとしても、その支出は、所得税法第十一条の三の規定による損失とはならないから、それと、総所得税額の十分の一との差額は、これを課税額から控除すべきものではない。従つて、それを控除しなかつたからと言つて法に違反したことにはならないから、被告のなした原告主張の更正処分には、何等の違法もない。故に原告の本訴請求は失当であると述べ甲第一号証の成立は不知と述べた。

理由

按ずるに、原告がその主張の支出をなしたとしても、その支出は原告主張の法条に謂うところの損失とはならないから、右支出額と原告主張の総所得額の十分の一との差額は、課税額から控除すべきものではない。従つて、これを控除すべきであるとの原告の主張は、理由がない。而して、原告の本訴請求は、右支出が右法条に謂うところの損失に該当するものであることを前提として居るものであるところ、その前提の理由のないこと右の通りであるから、原告の本訴請求は、爾余の点についての判断をなすまでもなく、失当たるを免れないものである。なお、当裁判所が、右支出をもつて、右法条に謂うところの損失とならないと判断した理由を示すと下記の通りである。即ち、所得税法第十一条の三(現第十一条の四)(雑損控除規定)に謂うところの損失とは、その損失を生じた者の意思に基かないところの災害による損失のみを意味し、その損失を生じた者の意思の介在する場合の損失は、これを含まないものであると解するのが、右規定において、法の使用した用語に照らし、相当であると認められるところ、身元保証契約に基く支出の如きは、その支出をなした者の意思が根源となつて居るのであるから、その者の意思に基かないところの災害によるものと言うことのできないことは勿論であつて、従つて、右支出は右法条に謂うところの損失の範疇に入らないと言わざるを得ないものである。故に、前記の通り判断した次第である。

仍て原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正一 梨岡輝彦 裁判長裁判官林善助は転任のため署名押印することができない。裁判官 田中正一)

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